H Hook
自動車は四本のタイヤで地面に接している。
どんなにボディーが美しくても、どんなに強いエンジンを持っていても、本来の目的である移動のための接地面積はそれぞれタイヤの持つ数センチ四方×4でしかない。
釣り鈎についても同じことが言える。
どんなに高価なロッドを使おうとも、どんなに精密なリールを装備しようとも、魚と接し、目的である魚を引っ掛ける道具はこの小さな針先でしかない。
つまり、魚の口元までもってゆくことが可能な状況なら、魚釣りにどうしても必要な道具は鈎と糸だけということになる。
最初の釣り針は両端を尖らせた、まっすぐな小さな棒だったそうだ。
真ん中に溝をつけるか、穴を開けるかして、そこに糸を結びエサをつけた。
こんなもので魚が釣れるかと思ったが、それを実際に試して魚を釣り上げるレポートを読んだことがある。魚は釣れたそうだ。
余談だが、ハリを表す漢字には、〈針〉〈鉤〉、〈鈎〉などいろいろある。〈針〉の字は縫い針としてはいいが、釣り針とすると魚が逃げそうでなかなか使えなかったが、このレポートを読んでからは不安を持たずに書くようになった。
それでも、現在のハリに一番適している字は、先が曲がってカエシまでついている〈鈎〉ではないかと思い、普段はこの漢字を使うことが多い。
真っ直ぐな針でも魚は釣れるだろうが、よっぽど警戒心のない、飢えた魚で、それが喉の奥までエサを呑み込まないと引っかけるのは難しいだろう。
そこで、便利な材料の発明に応じて、形が進化して現在のようなものになった訳だ。
小生がフライフィッシングを始めたころ、日本にはアイのついたフライ用のフックというのを見付けるのが難しかった。
唯一テンカラ用のハリが重宝した。しかし、サイズも軸の太さも決まったものしかなかったので、たとえばドライフライを浮かせるには無理があった。
そのうちアユの友釣り用の小さなカンつき鈎というのを見つけて、軸が細く、サイズも小さかったのでこれで随分ドライフライを巻いた。
しかもカエシがついていないので、知らずにバーブレスフックでの釣りに慣れていた。
ボディーにリードを巻くなどという技術はまだ知られていなかったので、沈める鈎としては海釣りのイセアマという鈎が太軸でよかった。
アイがないので、絹糸で小さなチチワを作って代用した。
ノールウェー製のマスタッドには随分お世話になった。このフックが日本の市場に現れるようになってから、長いのや、短いのや、大きいのや、小さいのや、新しいモデルが入るたびに購入してタイイングのフライパターンが増えた。
それはTMCなどが出現する前の話で、そういえばフランス製のVMCというフックも輸入されたことがあった。
今では日本製のフックが質もデザインも世界的に優れた評判を得ている。
そこで、心配になるのは魚の進化だ。
アカシアとキリンの関係で、アカシアは食べられないようにするために棘を進化させた。
ところが、キリンはその棘があってもアカシアが食べれるように進化した。
キャッチ・アンド・リリースのおかげで、こんなに釣り人が魚にハリを刺し、放すと、そのうち魚はハリの刺さらない顎をもつようになるかもしれない。